埼玉の道教寺院

埼玉県に我が国最大の道教寺院があるということで行ってきました。
埼玉県坂戸市にある聖天宮を紹介します。ここは東武東上線坂戸駅を降りて徒歩で約30分の場所にあります。
その前に立っておおここは台湾かと感動しました。建物の色は黄色が目立っています。また屋根は両端が天へ向かって反っています。
ここができたのは比較的新しく、1995年。台湾の康国典大法師が大病をして治癒したのちに神様へのお礼として道教寺院を建立するとことを祈願しました。お告げにより、この地に作られたとあります。埼玉県坂戸市が道教が盛んな地域ではないのにこうした大寺院ができたことを不思議に思うばかりです。
これは天門と言います。



中に入る前に羅盤を取り出して方位を測ります。亥山巳向であることが分かりました。つまり西北に坐して東南に向かう形。道路のラインと並行して造られているのでどういうことはないと思います。



拝観料300円を払って中に入ります。全体の配置としては四方を囲んだ形で、いわゆる気が溜まるように作られています。そしてこれが本殿になります。いかにも道教の廟というスタイルです。



これは本殿前にある龍の石像。このほか柱などあちこちに龍の姿を見ることができます。その迫力はすごい!



祭壇の中は道教の最高神である三尊が祀られています。元始天尊、道徳天尊、霊寶天尊です。参拝の方式は低い台に膝まづき、3本の線香を手にして3度頭を下げます。そして立ち上がり大きな香炉へ線香を立てます。この作法については係りの方が説明してくれるのでそのとおりにします。



壁に描かれている絵は仙人の世界。



こちらは前殿です。中ほどに置かれているのは香木で良い香りがします。
その横におみくじを発見。やってみることにします。まず右に置かれている大きな箸立てのような筒を振って1本取り出します。下には番号が書かれてあるのでこれを取り出しておきます。


次に陰陽一対の木製牌を手にし無心で下に落とします。その結果、陽と陽または陰と陰の形となると、さきほどの引いた結果は神意にかなわぬものとして再度引き直します。私は2度ほどだめで、3度目でようやく陰陽がそろいました。



それで出たのが第二十六首 大吉でした。努力を続けた上にさらに努力して向上することのたとえと書かれています。大変喜ばしい結果です。



ちょうど3時となりました。すると鐘楼から大きな太鼓の音がドンドンと聞こえてきました。その下にいた私はその波動が体に伝わりました。平日とあって、参拝者は少なかったですが、道教の世界を垣間見ることができます。関東の方はぜひ一度おでかけください。

聖天宮 公式HP
http://www.seitenkyu.com/



 

明日香の古墳

三輪山からの続きです。
有名な石舞台古墳。ここは、蘇我馬子の墓ではないかと言われています。



石舞台というのは古墳に覆われていた土がなくなって巨石が現れて、石の上で踊れるくらいの場所だからということから。


蘇我馬子は550年ころの人(大臣)。渡来した仏教を支持し、日本古来の神道を支持する物部氏と対立した。
石舞台というのは、巨石を組み合わせた古墳です。古墳といえば、円墳か前方後円墳が有名で、パッと見、小山のような形です。ところが、ここはそうなっていません。元々は、土がかぶさっていたのがどういうわけか取り去られてしまったようです。蘇我氏が専横していたので、敵対勢力が腹いせに荒らしたのだとも。この巨石の玄室は長さが約7.6m、幅が3.5mあります。
その幅側に入口があって中に入ることができます。この中には石棺や副葬品はなくなっていて、ガランとしています。当日は小学生の遠足でにぎわっていました。



玄室内部へ入ると、けっこう広い感じがします。また、石の一つ一つが巨大なことに驚かせられました。埋葬された人物の権勢を物語っています。本当は、この巨石も取り壊したかったのでしょうが、一筋縄でいかなかったので断念したものでしょう。



次に行った場所が亀石です。ほんの庭先にポツンと置かれているような感じです。見るとおりいかにもユーモラスな姿をしています。



この亀石は西南を向いていて、これが万一西を向いてしまうと大和盆地は泥沼になると書いてありました。ふーん、面白いねーと思って、羅盤を取り出して向いている方位を確認しましたらぴったり坤方でした。意図的に西南に向けたものでしょうか。



次に行ったのが有名な高松塚古墳。円墳で、下段は直径23mとこじんまりとしています。誰が埋葬されていたのかは不明ですが、一説によると天武天皇の皇子ではないかとされています。



ところが、この内部の壁面に宮廷につかえる女性の絵が発見され、飛鳥美人として一躍有名になりました。実際のものは国宝に指定されています。古墳の近くにある高松塚壁画館で模写したものを見ることができました。



最後に訪問したのが、天武天皇陵。天武天皇は600年代後半の人。壬申の乱(672年)、天智天皇の子である大友皇子を倒して、翌年に即位。初めて天皇と称した。また日本という国号を定めた。仏教を崇拝し、道教、天文地理にも関心を寄せたとあります。
持統天皇というのは妻であって、天武天皇のあとをついで即位しました。
説明文を見ると、古墳の形は八角形で五段となっており、珍しいものです。道教の影響があるのではと思います。



石張りの坂を上がっていきます。ゆるやかにカーブしているところがいいですね。


正面に立ちました。柵があって、正面には鳥居が見えます。皇族の墓の様式をしています。ただし、これらは近年に作られたものかと思います。(外部から立ち入らないようにしている)



近くによって、手を合わせました。そして羅盤を取り出して方位を測りました。びったり子山午向です。ちゃんと方位をこだわっています。



ところで、古墳というものは全体に木が生えて森のように、あるいは小山のように見えます。聞くと、もともとは木がなかったそうで、鳥が種を運んで来たり、風によって自然に種が定着していったもの。古墳を管理する人がなく、いつの間にかこのような姿になっていったようです。

今回は、時間が限られた中で明日香村を自転車で移動しながら見ていきました。次回はゆっくりと時間をかけて探索したいものです。また、それだけの値打ちがある場所だと確信しました。
 

奈良の三輪山

連休を利用して嫁さんと奈良県桜井市の三輪山へ行ってきました。
三輪山というのは山自体がご神体とされています。高さ467mで杉の古木が多いところ。
パンフレットを見ると、山には多くの神社が建立されています。この中心にあるのが大神神社です。



大和国一宮で三輪明神という名で知られています。
御祭神は大物主大神、別名大国主命。
写真は三輪山の遠景。どっしりとした秀麗な山です。



いよいよ大鳥居へ到着。見るからに荘厳な感じがします。ちょっとここで記念写真を撮ってもらいます。



参道を歩くと心地よい気を感じます。奈良県でも有数のパワースポットと聞いていました。しかし、パワーよりも癒し感があります。



さらに進むと石段が現れます。これを登るといよいよ拝殿が見えてきます。



威風堂々とした拝殿です。この拝殿は1664年に四代将軍徳川家綱によって建てられたもの。重要文化財に指定されています。


羅盤を取り出して拝殿の方位を確認しました。卯山酉向となっています。つまり、東に座し、西に向いている建物です。神社の方位としては珍しいです。(酉山卯向 西に座して東に向く)が多い。背後の三輪山には神の使いである白蛇がいるそうです。



色々と見てまわりたいのですが、いかんせん時間が限られています。重要な場所へと向かいました。それが北側にある狭井(さい)神社。くすり道という小路を5分ほど歩いて到着。ここには大神荒魂大神が祀られています。病気平癒の神様と書かれています。



右手には三輪山への登拝口があります。社務所で住所、氏名、性別、入山時間を記帳。登拝口で自らが体を祓い、木綿たすきを肩にかけて入山。約1時間かけて登山道を登り、山頂にある高宮神社へ参拝します。ここでの掟は、決まった登山道から外れないこと。写真、ビデオ撮影は禁止。ここで見たことを口外しないというもの。行ってみたいものだと思うのですが、今回は時間の関係で断念しました。



ここは本殿の左手にある狭井(さい)という井戸です。ご神水は体を癒すそうで薬井戸とも呼ばれています。私も一杯飲んできましたが、冷たくてとてもうまい。



近くの丘に上がって西南の方向に見えたのが2つの小山。真ん中が耳成山で左が天香久山です。なんとものどかな光景。
万葉集 持統天皇の歌
春過ぎて 夏来るらし 白たえの 衣干したり 天香具山



反対側を見ると三輪山の雄姿。すばらしい!
この山中にはあちこちに磐座があるそうです。この磐座には神が宿るといわれており、むやみに神の姿を撮るなということでしょう。明治以前は入山禁止だったそうです。



奈良は何度か訪問しましたが、空気が違うのです。飛鳥の風というのか?
時代が止まっているようにも思えるのです。
古寺、名刹、古墳、遺跡がいたるところにあります。
以前、イタリア ローマに旅行したときに感じたのが古代歴史のテーマパークだなと感じたこと。テーマパークといっても、良くある○○村といった張りぼてではありません。千年以上も経過して自然に遺跡化したものが価値あるのです。作っても作れない。奈良は日本が誇る古代歴史村といえましょう。また、機会を作って行ってみます。


 

二ヶ城山登山

去る3月23日に広島の龍脈を探訪してきました。
これまで、昨年の秋に太祖山である大山は近くの大山寺まで行ってきました。さらに今年に入って祖山の道後山も登りました。続いて主山である二ヶ城山(ふたつがじょうざん 483m)を目指すことにしました。
一気にに同山を目指すのでなく、座山である牛田山との間にある戸坂(へさか)の松笠山(374m)を経由し、そのふもとにある中小田古墳を途中で見ることにしました。今回登山に参加したのは私を含めて4名。

図 広島市への来龍図



今回、広島バスセンターから高陽行のバスに乗って中小田で降ります。時間は午前10時頃。
右手の山方向に向かって5分で中小田1号古墳に到着。ここは4世紀頃の豪族の墓で、中からは卑弥呼から送られたとみられる神獣鏡が出土しています。



これが中小田1号古墳です。古墳はこの付近に何か所がありますが、1号古墳は代表的なもので、副葬品が神獣鏡であったので、発掘後このように公開しているようです。



写真は同じ形をしたもの。神獣や神仙が描かれています。(広島大学所蔵)
ここは当時、すばらしい風水宝地であったことでしょう。



この写真は古墳から西南方向を眺めたものです。画面の左手が戸坂方面。右手が祇園方面です。
古墳は丘の上にあって、見晴の良い場所であることが分かります。



登山を始めてから1時間半くらいで見晴の良い場所に出ました。巨石があって、八畳岩と呼ばれています。ここから眼下に流れる太田川を眺めます。ちょうど良い場所なので持参した弁当を食べて休憩しました。



12時半頃出発。それから20分くらいで松笠山観音寺(真言宗)の山門へと到着。



これが本堂です。参拝して、羅盤を取り出して方位を測ると癸山丁向でした。この本堂一帯には檜の巨木が何本か立っています。また、名水も出ています。





ここから次の二ヶ城山を目指します。写真は松笠山から見える二ヶ城山の山容。まだまだこれから先、尾根伝いにけっこうありそうです。



途中を省いて、ここが二ヶ城山の頂上です。15時くらいに到着しました。休憩を良くとるものだから、スタート地点から5時間くらいかかったことになります。頂上には岩が立ち並んでいます。城というからには昔は山城だったのでしょうが、その面影はありません。岩はその名残なのでしょう。



下山の途中に見えた白木山(889m)です。さすが、風水でいう少祖山だけあってどっしりとした山容です。一緒に行った人が言うに、広島の人は白木山に登るのは富士山を登る前に足腰を鍛えるために練習するのだそうです。私は登ったことがないので、いずれ挑戦したいものです。



下山の途中で道に迷い、道なき道を下へ下へと降りて17時に高陽の県道へと到着。バスで広島バスセンターまで帰り、居酒屋で反省会をして帰宅の途につきました。風水の龍脈を歩いたということで、大地のパワーをもらったことでしょう。良い体験でした。

東京パワースポット20選 愛宕神社


昨日(3月9日)に東京港区愛宕(地下鉄日比谷線 神谷町駅より徒歩7〜8分)へ行ってきました。
東京都内パワースポット20選の一つとされています。
ここは、都内随一の山(愛宕山)です。山と言っても標高26mですから、マンションでいえば6階建てくらいでしょうか。
むしろ周りの高層ビルに囲まれた感があります。



創建は1603年。徳川家康の命により、防火の神社として作られました。
主祭神は火産霊命(ほむすびのみこと)火の神です。
正面に石段があります。ここが出世の石段と呼ばれています。丸亀藩士の曲垣平九郎が三代将軍家光の前で、馬に乗ったまま、この石段を上り下りし、その武勇を認められたことに由来しています。



これが上から見たところです。けっこう急な感じがします。馬で登るのは大変ですが、下りるのはもっと大変なことでしょう。
実は私は別の参道からここへ到達しました。それで、参拝を終わっていったん階段を下りたのです。それでは出世の石段でなく、没落の階段になってしまうと思い、引き続き上まで上ったのです。これで復活の石段としました。



境内地には三角点があります。まちがいなく山です。



本殿の右手前に不思議な石があります。これをなぜると幸運に恵まれというので、さっそく私もやりました。何かフクロウの姿に見えるのですが。犬の姿のようにも見えるし。



本殿は修復中でした。賽銭箱の前で手を合わせて、ふと右手を見ると、松下電器創業者の松下幸之助が大きな絵馬を寄進していました。



羅盤を取り出して方位を測ると乙山辛向です。だいたい東に座して西に向いています。神社の方位としては少ないのでは。



パワースポットはどこだろうかと探してみると。児盤水という池がありました。どうやらここのようです。
以前は、ここから名水が湧き出ていたと書かれてあります。



写真を撮ると、うっすらと紫の光が写っていました。ここには何人かたたずむ人がいました。池の中には鯉の姿が見えます。のんびりした良い感じの場所です。小さい池なのに船があるのはおもしろい。



池のほとりに弁財天社があります。広島の厳島神社から勧請したと書かれてありました。
ここらあたり、ゆったりとした気が漂っています。さっそく参拝しました。



ここはたしかに素晴らしい場所です。ただし、愛宕山を貫いたトンネルがありました。山のパワーが半減しているのではないでしょうか。交通の便と風水を両立させることは難しい。しかし、喧騒の都心にあって、このような場所が残されていることは貴重な自然遺産と思われます。まだ行かれたことがない方はぜひどうぞ。



 

大竹市の四神

広島県の西部に位置する大竹市で四神を使ったまちづくりに取り組んでいることを知って年納めの風水を実行。
そもそも四神とは古代中国で考えられた方位を守る聖獣。
京都の町は地形から見て四神相応と言われます。つまり、北に玄武(鞍馬山)。南が朱雀(巨椋池)。東が青龍(大文字山)。西が白虎(嵐山)としています。それを十字に結んだ位置に大極殿(御所の中心)を配置したことは有名。

ここ大竹市では、暴力追放運動として四神を使っているそうだ。
説明文を見ると
大竹市暴力監視追放協議会では、暴力排除事業の一環として、2004年から自然石を人物や動物に見立てて絵を描くストーンアート事業に取り組んでおり、地域の子供や大人たちが一緒になってストーンアートに取り組むことで心を一つにし、住民が一致団結して暴力のない住みよいまちづくりを目指しています。
大竹市の中心となるこの場所(大竹市役所)に麒麟を、更にこの場所を中心として、大竹市の東西南北の要所に四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)の巨石アートが設置されています。

説明文


大竹市役所と麒麟が描かれた石


麒麟はユーモラスな表情だが彩色がすばらしい


青龍は玖波公民館前の駐車場脇にある。3つの石を組み合わせてそれらしくデザイン


朱雀は大竹港緑地公園の一角に設置されており、正面に見えるのは宮島
石は画面右に見える
朱雀とあって海の近くとは良い場所と思う


朱雀は表面がなめらかな石に描かれており、デザイン性が高い


3番目に行ったのが白虎の場所。HPに両国橋付近の河川敷にあると紹介してある。
場所を確認するために大竹警察署を訪ねて確認したのだが、それでも分かりにくい場所だった。
というのは、河川工事中で、まだ設置されていなかったためだ。近所の住民に聞いて分かった。
写真は両国橋



さらに小瀬川をさかのぼり、三倉岳が見えるところに栗谷親水公園があって、その一角に設置されているのが玄武。
右向きに亀の頭。左向きに蛇の頭が描かれていた。



羅盤を持ってきたので方位を確認


亀の頭は卯(東)を向いていた。設置する向きも考慮したものと思う。


気が付いたことだが、麒麟以外、説明文がないのが残念。
せっかくの意図が伝わらないのではなかろうか。
でも公共団体(大竹警察署、大竹市など)が共同で設置したことに敬意を表したい。
これを発想した人に拍手を送りたい。
交通安全、暴力追放の一助になればと思う。

毛利の里

昨日、安芸高田市吉田町にある戦国大名、毛利元就の居城であった郡山城と清(すが)神社へ行ってきました。
これは2つの目的があって、年末の奇門遁甲の方位どりのため。
時盤を使って、9時から11時の東北への移動。挨星卦は天沢履。周易では、「虎の尾を踏む」
危険ではあるが良い結果をもたらすということで、財運吉となります。

郡山の遠景

頂上にある郡山城跡を訪ね、次にふもとの毛利元就墓所を視察。
そして、近くにある清神社(すが神社)へ参拝。
ここは、Jリーグ2連覇のサンフレッチェ広島が毎年、祈願している神社と聞いて興味を持ちました。
祭神は八俣の大蛇退治で有名なスサノウの尊。
ここは巨木の杉が特徴です。
遠くから見ても5本の杉が目に入ります。毛利氏時代からのものと書かれてあったので、400〜500年前のもの。周囲は3〜5mもあります。以前は6本あったそうですが、1999年の台風で1本が倒れてしまい5本になりました。
しかしこれだけの巨木が育つということは、この地がパワーがあるということでしょう。



近づくと、本殿の前に杉が並んでいます。

石段を上がると、巨木が前に立ちふさがっていました。


前に進むと、このような立派な本殿でした。
パンフレットには毛利氏の氏神と書かれてあります。
平成9年(1997年)のNHK 大河ドラマ「毛利元就」がきっかけで広く知られるようになったもの。毛利元就が小勢力であったにも関わらず、中国地方を制覇したことから、武の神様→スポーツの守り神としてあがめられるようになります。


本殿の真後ろには「ご神水」の湧く場所がありました。
このお水を一杯飲んで帰りました。きっとご利益があることでしょう。



ここは岩の割れ目から水が湧いているようです。郡山へ降った雨水が山の中に浸み込み浄化されてここへ集まるもの。良い場所に違いありません。
土地のパワーが強い。水が良い。ということで、杉が巨木となっているものと思います。
季節の良い時期に改めて再訪したいものです。
 

石鎚山お山開き

 7月6日、7日に石鎚山のお山開きに行ってきました。
早いもので今年で5度目となります。

ここは中腹にある成就社


いよいよ出発


白い作務衣の一行がずらりと並んで山頂を目指します



一の鎖で法螺貝を吹く行者さん。
法螺貝の音を聞くと、不思議なことに力が湧いてきます。


この前に立って九字を切ります。
「よし!」と気合を入れて、登り始めます。
一の鎖は全長が35mで急角度でもないので、何とか達成。



次に二の鎖、約70mはきつかった。長いこと。角度が急なこと。足場の確保が大変なこともあって、難渋しました。雨が降ったせいもあって、鎖を持つ手も滑りがち。
写真で見る鎖の輪っかは大きくて、そこへ足を突っ込み、上へ上へと登ります。途中、輪っかが小さいところがあって、足は入りません。横の部分にかけるだけ。滑って体がズルズル下がりました。
落ちたら、良くて重症でしょうから。気合を入れなおして、前へ前へと体を引き上げます。やっばり痩せておかなきゃあきません。
この写真は上に上がったときに撮りました。途中で撮る余裕なし。



3時間15分かかって頂上社へ到着しました。



指さす先に見えるのは石鎚山最高峰の天狗岳。切り立っていること、霧で先がよく見えないので危険です。



順番を待ってご祈祷を受けます。
石鎚神社は「ご神像拝戴」という特殊神事があります。なんとご神像3体(石鎚の大神)を3人の先達が胸に抱き、参拝者の背中にご神像の背中を当てて、「エイ!」と気合いを入れるものです。(ご神徳が入る) 私は先達の一人として、その役をさせて頂きました。今回で2回目ですが、なかなか慣れたものではありません。



後4時すぎに下山を始めました。
雨は降ってくるし、一時は大変な道のり。
7時ごろにようやく神門へ到着。
手前200mくらいからずらりと道の両脇に提灯が列を作っています
これを見ると、「ああー帰った」という気持ちが湧きあがります。



、大先達の䑓丸さんが出迎えてくれました。
この方はなんと92歳。50歳くらいから、40回以上も続けて石鎚山お山開きに参加されているとのこと。真似ができませんが、近づくよう頑張ります。



旅館へ入って、海田遥拝所の横林所長より先達証を頂きました。
大取締と書かれています。



翌7日、日も明けやらぬ4時半から神門は開門。神社関係者が立ち並び拍手の中、登山者は列をなして入山していきます。



朝5時10分に東の山からご来光。
このところ雨や曇りの日が多く、こうした日の出シーンは珍しいそうです。



ここは見返り遥拝殿。
お山開きに先立って、石鎚山を開山した役の行者像が祀られました。背後の窓から石鎚山の山容を目にすることができます。



今回、石鎚山を登って本当に良かった。
商売をしていると、どうしても売上や利益、そして組織管理などが頭から離れません。いわゆる欲得の世界。
鎖を手にするとそんな俗世間のことはどこかへすっとんでしまいます。鎖三昧という境地です。
私のような煩悩の塊のような男は、年に1回だけでもそのような世界へ入って、身を清めた方がいいと確信しています。
これからもこの挑戦的で達成感がある楽しい行を続けていきます。


宮島

 早いもので、もう7月1日。
今年も半分が終わってしまいました。
今週、土日と石鎚山へ登拝するので、今日から精進です。
肉断ち、これに関連して卵、牛乳、パンもダメ。酒断ち。女断ちというのが掟となっています。まあ、断食でないから、何とかなる。

さて、昨日は宮島へ行ってきました。
ちょうど潮が引いている時間帯です。



回廊から入って、本殿で参拝して、出たところにある真言宗「大願寺」へも参拝。(写真では左手から右手へ移動)
さらに清盛神社の方にも寄って帰るころにはかなり潮が引いていました。そこで砂浜へ降りて社殿へ近づきます。



下から見た本殿。
本当に満ち潮になると海に浮いているように見えます。



石垣には寛政9年と彫られています。西暦1797年で、今から216年前。11代将軍徳川家斉の時代。石工 半兵衛の名が。
名誉なことであったものでしょう。



もうすぐ鳥居の方まで歩いていけます。


木部谷温泉の間欠泉

 連休に島根県唯一の間欠泉「木部谷温泉」に行ってきました。
住所 鹿足郡吉賀町柿木村木部谷

背後の山は松原山
建物は旅館「松の湯」 日帰り入浴もできます。



坂道を2〜3分登る


茶褐色の池が目に入ります。
この上の段に噴出する池があります。


レヨテスト(ダウジングで使う棒のようなもの)を使って空間の波動を確認。
見てのとおり、ここは岩盤。レヨテストは良く回転します。
波動が高いことを裏付けています。


間欠泉が噴き始める様子。
白い泡が出ています。



30分間隔で5分ほど゜吹き出します。
この原理は、地下に炭酸ガスがたまって、その圧力で温泉を噴き上げるものです。
温度は21度で鉄分とカルシウムを含むことから茶褐色に変色しています。



ここは大地のエネルギーが強い場所といえます。
パワースポットと考えてよいでしょう。
湯治場のような温泉。木部谷温泉「松の湯」は1泊2日で6,000円。日帰り入浴400円となっています。秘湯ファンの方には一度はいってみたいところです。


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