石鎚山お山開き

7月9、10日の両日、石鎚山のお山開きにいってきました。

雨模様の広島(海田駅前)を朝5時に出発。山陽自動車道、しまなみ海道、一般道を通って西条市西之川にあるロープウエー乗り場まで約3時間半。ロープウエーを降りて中腹の成就社まで徒歩で20分くらい。当日はお山開きも終わりに近いので登山者が少ないようです。

 

 

10時半に神門を出発。小雨なのでビニールコートを着用しています。

 

 

途中の「二の鎖」何度か登りましたが、今回は雨のため登山路を進みます。4か所の鎖がありますが、「試しの鎖」は未体験です。

どうも「二の鎖」がきつい。

登山者は白装束が8割くらい。そのうち7割が神社系の白の作務衣。3割が密教(修験道)系の行者着。それ以外が登山着となっています。登山者は下山者に「おくだりさん」と挨拶し、下山者は登山者に「おのぼりさん」と挨拶するしきたりです。

道中、ほら貝の音が聞こえると力づけられます。修験系は「懺悔懺悔六根清浄」と唱えながら登山。

私は竹の杖を持って、神道系ではありますが、時々「懺悔懺悔六根清浄ー」なんか気合が入ります。

 

 

頂上社に着いたのは13時40分。3時間くらいかかったことになります。もやがかかって、風もさえぎるところなし。

ここで神官よりご祈祷を受けます。そのあと、銅製のご3体のご神体を私を含め3人の先達が手にして、参拝者の背中に当て、「エイ」と気合を入れます。石鎚神社ならではの特殊神事です。

 

 

一緒に登った方と記念写真。ご苦労様でした。

 

 

祖父一家の写真を持っていきました。先祖供養になりました。

 

 

神門に帰ったのは17時半でした。先に下山された方々とご対面です。

 

 

先達の昇進書を頂きます。左は石鎚神社海田遥拝所の横林所長。

今回で8回目の登山となりました。

 

 

今回は副監長になりました。これをもらうのもなんだか励みになります。

 

 

翌朝、ロープウエーで西之川へ降りて、川のそばにある禊の行場へ。昔はここで禊を済ませてから登山したと聞きます。今はかなり少ないかと思います。それにしても戦後の一時期、石鎚山登山というと、本社から徒歩で3日もかかっていたとききます。現在はロープウエーや登山道も整備され、登りやすくなりました。登山道の頂上近くを歩いていると、昔はどんな道であったのかと予想だにつきません。まさに難行苦行の険しい危険な道だったことでしょう。現在はこうして楽行の道となって、ありがたいことです。一年の穢れを落として、これから一年がんばります。

 

 


風水の風景

久しぶりに風水の旅に出かけました。
兵庫県姫路市と高砂市にまたがる高御位山(標高300m)
新幹線で姫路駅を通過して左手に見える山に目が行き、これは風水的に良い感じだと直感しました。
山容が馬蹄形なのです。まさに風水の形状をしています。
その龍穴のところには墓地となっており、陰宅としてはすばらしい地だと思います。



この図は有名な「朝鮮の風水」からの山局之図ですが、祖山から龍脈が平地に至って、青龍と白虎が二重構造で穴を守り、風水の山局を形成しています。また、水龍も穴を取り巻くように流れています。実際にこのような場所があるとは思えませんが…。ほとんどぴったりの地を発見したのです。




陰宅風水のモデル






まず、登山の安全を祈って白虎側の鹿島神社へ参拝します。



鹿島神社の左手に登山口があるので、そこから登ります。時間は11時半くらい。
300mの山ですから大した高さではないのですが、こちらは岩肌が露出していてすべりやすい。


途中から立って歩くこともできずに、岩肌に手を付けるほどです。落ちたら危ない!
ここを登り切ったら、あとはラクダでなく、馬の背を歩く感じです。



1時間くらい経過すると見えてきました。本に書かれていたような風水の吉地、期待していた通りでした。明堂は南側に開け、砂が両脇を護衛しています。局を結ぶところは墓地です。土地利用としては田畑が多いのですが、川の代わりにため池が見られます。
すばらしい。



局の背後でセンターと思える位置に立ちました。形が整っています。真ん中に南側に向かって伸びる道路のようなものが見えます。
風水でいう朱雀大路と考えられます。



羅盤を取り出して局の方位を測定すると、子山午向でした。
自然がおりなす偶然とはいえ、驚かされます。



ラクダの背のような尾根道を通って頂上に向かいます。ここはきつくはありません。


頂上に立つ、天之御柱天壇と彫られた石柱。両側を獅子が守っています。
ここに着いたのは午後3時ちょうど。3時間半もかかっていますが、要所要所で風水の地形を確認したものですから、余分な時間がかかっています。



青龍側に下山しましたが、ここへは高御位神宮がありました。熊野修験とあって、どうやら神仏混淆のようです。
柴燈護摩をやることが書かれてあります。
いずれにしても、両側を有力な神社が配置され、頂上部には天壇があるとは。ここは特別の場所なのでしょう。



下山したのは4時くらいです。けっこう歩きました。
地元の山岳愛好家の方から隠れたパワースポットのことを聞きました。また、改めて訪問することにします。

 

唐人駄場

高知県最強のパワースポットと知り、高知県足摺岬の山中にある唐人駄場へ行ってきました。
ここは縄文時代(紀元前5千年頃)の遺跡と言われており、祭祀の場だったそうです。



当日はダウジングのロッドを持参し、パワーの方向を体感することにしました。
ロッドはパワーを発する祭壇石に向かいます。しかし、この祭壇石の表面を良く良く見ると顔のようにも見えます。



次は最強と言われる「再生のエリア」ここでは父石に向かって手を当てて、石のパワーを感じ取ります。
何やら石の気を感じるのです。



これが父石の後ろにある亀石。これは子宝や子供の健やかな成長を祈るものだそうです。



さらにその後ろに母石。大自然の造作とはいえ、不思議な配列です。



これは鬼の包丁石。人為的な加工ではなく、自然にできたものです。何とも不思議な光景。



ここは丘にあるのですが、さらに下へ降りると円形の広場があります。
良く見るとストーンサークル(環状列石)。良く見るとというのは、以前はもっと石が立ち並んでいたのに、県が公園整備として石の一部を撤去したとのこと。そうであれば大変、もったいないことをしたものです。



これが全体の様子。かなり広いです。真ん中には巨石があったそうですが、現在は撤去されてありません。それにしても歴史的な価値をなくしてしまい、残念なことに観光地としても見向きもされず、人気がない有様です。



ストーンサークル広場から丘の上の巨石群を眺めます。きっと一対の関係であったと思えます。



ストーンの上で寝転がってみました。何か感じるかなー



嫁さんもダウジングのロッドを持って、実験をしました。両手を胸のあたりに置き、2本のロッドの先を前方に向けます。石と石の間を通り抜けるとロッドは両側へ開きます。これは石と石をつなぐ目に見えないラインがあるということです。ラインを通り抜けるとロッドは後方に向きます。何度やっても同じ結果となります。



人気の観光地であって、観光客が多いと「何をやっているのか?」と不審者に思われるかも。しかし人気がないのもかえって良いような気がします。また改めて、地元の方に説明を聞きたいものです。

石鎚山お山開き

7月4日、5日の両日で石鎚山に登ってきました。石鎚山は愛媛県にあって、近畿以西では最高峰(標高1,982m)。日本七霊山の一つです。奈良時代、修験道の祖と呼ばれる、役の行者によって開山されたと伝えられています。平安時代には弘法大師も登られたそうで、平安時代以降は修験道が盛んな山でした。明治初期より神仏分離令により神道が主となりましたが、今だに神仏混交が色濃く残っています。

4日は朝5時にJR海田駅に集合。石鎚神社海田遥拝所がチャーターした中型バスで出発。一路、山陽自動車道、しまなみ海道を通って西条市西之川の石鎚山登山ロープウエー駅へ。ここから一気に1,300mまで上ります。ロープウエーが無かったころは下から徒歩で上がっていたそうで、今はかなり楽しています。
ロープウエーを降りると徒歩約15分で中宮成就社へ到着。右は会員の吉見さんで今回で2度目の登山です。




簡単な昼食をとって11時半ころに神門を出発。当日はあいにく雨で、道が悪いのです。左手のあたりが山頂です。



今回は竹の杖を持っていき、雨合羽姿ですから、行動に制約があります。ここは試しの鎖ですが、今回は鎖を使って登ることは断念。滑って大けがしてもいけませんから。ちなみに鎖は試の鎖(上り48m、下り19m)。上りはどうこういうことはないですが、下りが後ずさりの体勢なのでやりにくい。寄り道のようにもなるのでパス。
次に一の鎖は33m。そんなに難しくありません。大きな鎖の鉄輪に足を入れて体を引き上げます。二の鎖は65m。ここはけっこう難しいです。大きな鉄輪ばかりでなく、途中に小さな鉄輪があって、足を入れることができません。鉄輪の横に足を乗せて手の力で気合を入れて体を引き上げます。途中の岩場で一休憩して上りますが、注意点は下を見ないこと。見ると足がすくむそうです。また、上を見ると気が遠くなるとのこと。最後の三の鎖68mはほぼ垂直にみえるほど傾斜が急です。鉄輪に足を入れて進めば何とか山頂近くへ到達します。



ここが頂上社です。成就社から約3時間かかりました。たくさんの人がいますが、多くは石鎚神社の各地遥拝所からの団体。神官から祈祷を受けたのちは、特殊神事のご神体拝体を受けます。これは三体の銅製神像の背中を「エイ」という掛け声で参拝者の背中に押し当てて、神徳を頂くというものです。このようなものは石鎚神社だけだそうです。一応、私も先達のひとりですから、これをやりました。



こちらは石鎚山の最高峰である天狗岳。普段は霧で隠れていることが多いようですが、今回は雨にもかかわらずはっきりと見えました。今回で7度目の登頂です。



帰りはしんがりを務めました。降りるときの方がきついですね。途中で膝がガタガタ。休みを少なくして、2時間半くらいで神門まで帰りました。やれやれ終わったという気持ちです。



翌朝は4時起床。5時前の成就社境内はこれから登山する方の姿を大くみます。日曜日だからそうなのでしょう。



5時に開門。神官、石鎚神社職員の拍手に見送られて山頂を目指します。登山者は「エイエイオー」の掛け声を三唱。法螺貝の音も高らか。見ると法螺貝は郵便局員さんが吹いていました。けっこうさまになっています。



登山によって一年中に着いた心の垢を落とすことと、ご神徳をもらって帰るものと信じ、毎年欠かさず登るつもりです。今年も良い経験をさせていただきました。

レイクタウンの風水

昨日、埼玉県越谷市にある「イオンレイクタウン」に行ってきました。当施設は商業施設面積が24.5万屬如日本最大のショッピングセンター。2008年に完成したもので、JR武蔵野線 レイクタウン駅を降りてすぐのところへあります。
レイクタウンの由来は、農業用人工池に隣接して建設されたことです。
コンセプトは「人と自然に心地いい」
なんだか風水をイメージしているような。



西側にある大きな池。



施設は3つあって、駅から近いのが「kaze」で菱形です。その奥にあるのが本館ともいえる「mori」長台形となっています。
もう一つはアウトレット。ポイントは「mori」です。
建物は池に向かって東に座し、西に向いて建てられています。玄空風水でいうと財運大吉の方位が玄関側です。
これは「kaze」



「kaze」を過ぎてさらに進むと「mori」の長大な施設が目に入ります。



玄関前に立つと正面に噴水が設置されています。これは真ん中に大きな噴水、外側に8つの噴水、さらに外側に12の噴水があって、時間がくると水柱を上げます。小さな子供が喜ぶこと、喜ぶこと。服やズボンをぬらしながら遊びます。



方位は、びったりと酉(西)に向いています。鑑定図を作って確認すると、財の星 8 8が揃う場所に噴水があるのは大吉です。
そこから奥へ入ると「水の広場」があります。



エスカレーターのすぐ横に変わった設備があります。「フローフォーム」といって水の滑り台のようなものです。
説明文を読むと。水を8の字に回転移動させると特殊なリズムとエネルギーを生み出すとあります。
結果的に心地の良い、いやしの場となるようです。



池の中には鯉が泳いでいます。周りにはこれを眺める人たちが何人もおられます。そこにいると水の音と魚の姿で何だかいやされます。


「フローフォーム」の説明文がありました。見ていると風水の文字を発見。



風水効果として、風を発生させるとあります。水の流れを作ってさわやかな風を作るということなのでしょう。
いずれにしても、商業施設にも風水を取り入れているものがあるというとこが裏付けられたといえます。



ここに設置されていることは財運にもつながっていることでしょう。当日は土曜日とあって、たくさんの来店者でにぎわっていました。
この施設はほかにも風水的なところがあるのですが、百聞は一見にしかず。読者の方は現地にてお確かめください。
 

奇門遁甲で三次まで

昨日 17日の日曜日は久しぶりなので奇門遁甲で吉方の三次市まで行くことにしました。
三次市の奥田元宋美術館で開催している川合玉堂特別展を見るため。
川合玉堂(1873年〜1957年)日本画家 文化勲章受章 昔の田舎の風景画が多い
広島から三次は東北方となるのでちょうど良い日です。距離にして約70km 



広島バスセンター発 11:20 高速バスで三次駅 着は12:53 だいたい1時間半の旅。
バスで行ったのはわけがあります。

三次バスセンターに着いて、徒歩5分でJR三次駅となりの観光案内所へ。
奇門遁甲は日盤で2時間以上の移動。現地で2時間以上過ごして良い気を浴びる。現地で採れた食物を食べる、飲むのが良いとされています。ということで、ここで電動自転車を借りて美術館まで走るのです。距離にして5km 17分かかりました。レンタル料はわずか300円 坂道でもすいすい走ります。



看板の絵ですが、鵜飼の場面です。なかなか味のある絵。
1時間半くらい見て出ました。そのあと裏手にある遊歩道を歩きます。ここがけっこう気の良い場所です。



そのあと、自転車に乗ってすく近くにある三次ワイナリーへ。
ここはワインの試飲ができるのです。ところが車で行くと飲酒運転になるので、バスで行ったというわけです。
奇門遁甲でいう現地で採れたものを食べて、飲んでという条件を満たします。



この巴郷(はきょう)という白ワインは甘くて口当たりがいいです


これに入れて


この施設の隣に最近、「トレッタ三次」という物産館ができていました。
ここでは人気のアイスクリームを食べて、バン、ドーナツをお土産に。その後、駅まで戻ってさらに西北にある昔の街並み、三次町まで行って駅へ引き返し、16:04の快速に乗って広島駅まで帰りました。



ちょうどこのころは田植えの時期みたいで、あちこちにその様子を見ることができました。意外なことに、沿線に太陽光のパネルが設置されています。ここ1〜2年のことでしょうか。
ジーゼルカーの乗客は案外少なく、心地よい揺れでボーっとしているうちに1時間半かかって広島駅に着きました。
この地火明夷という像意(効能)は、研究開発、知識人との交友などとなっています。果たしてそうなることやら。



 

伊勢神宮

2年ぶりに伊勢神宮を参拝しました。それも正式参拝です。
大阪でお世話になっている、近代五行易学会の寒作元晴会長が主催され、20名が参加されました。私も縁あって参加することができました。良い機会を作って頂き、感謝します。

昨年10月に式年遷宮(20年ごとの遷宮)があって、ようやく1年後に参拝することができました。
まず、宇治橋を渡ります。日曜日とあってたくさんの参拝者で橋が人であふれています。



五十鈴川の流れはいつみても清らかです。ここを渡ると神域で、気が良いのがはっきりと分かります。



参道をとおり、手水舎で手と口を清め、さらに進むと御手洗場(みたらし)という場所が右手に見えます。ここは禊をする場所で石段があります。普通、私たちは手を洗うだけですが。


今回は、内宮への正式参拝です。まず、神楽殿へ上がり、御神楽奉納。大々神楽ということで、巫女さんによる倭舞に続き、神楽人の長による人長舞というものが奉納されました。大変おごそかなものです。

それから内宮のご正殿へ到着。途中で人だかりしているところがありましたが、それはとりあえず通過して石段下で記念撮影。





石段を上がり、手続きを済ませて御垣内参拝です。神官に先導され、しずしずと垣根の中へ入っていきます。本当にここは厳粛な気分となります。ご正殿を真正面にした場所で横一列に並んで参拝しました。「ああー、ありがたい」の一言につきます。

次に、天照大神の荒御魂を祀る荒祭宮へ参拝しました。ここでは願い事をします。



そのあと、自由時間となり、先の人だかりがあった場所へと向かいます。ここは、有名なパワースポットというか、小龍穴です。
多くに方が真ん中にある石に向かって手を伸ばしています。「おー感じる」という声も聞こえます。私も手を伸ばしたのですが、確かに、ふわっとした気を感じました。気というのは言葉で言っても具体的でないので、理解しずらいのですが、こうして体感すると良く分かります。伊勢神宮は内宮も外宮もこのような場所が何か所かあります。もちろんご正殿が建っている場所は大龍穴であることでしょう。



なかほどにある石から気が立ち上っています



私も手を伸ばして体感しました



帰り道、宇治橋を渡る途中、川土手に桜が咲いていました


最後に西行法師が伊勢神宮を参拝されたときのうた。

なにごとかおわしますかは知らねども
かたじけなさに涙こぼるる

石鎚山登山

毎年恒例の石鎚山お山開きへ7月5日、6日の両日行ってきました。
石鎚山のお山開きは毎年7月1日から10日。1日だけは昔のしきたりを残し、女人禁制となっています。
今回も石鎚神社海田遥拝所の一行約25名の中に加えてもらいJR海田駅前を朝5時半に出発。
しまなみ海道を経由してロープウエー駅に到着したのが8時半頃。
この写真は駅手前にある神像を祀った場所。後ろの三体が石鎚彦大神。その前、赤い炎の光背があるのが蔵王権現。その前には役の行者。左に弘法大師の像。神仏混淆の山です。




左腕に付けているのは先達の腕章。今回は同行者を先導する役目です。



駅の待合スペースには登山客で一杯です。
ロープウエーは山頂駅まで標高1300mを一気に運んでくれます。これがあるからその当日に山頂まで上ることができるのでありがたい。
山頂駅から徒歩で20分くらいで中宮成就社へと到着。雨は降っていないのですが、ご覧のとおり霧の世界。



昼の簡単な食事をすませて12時半頃に神門を出発しました。
いったん道は下ります。しばらく進むと遥拝の鳥居へと到着。足の弱い人はここで石鎚山に向かって手を合わせます。



石鎚山が近づき、最初に現れるのが試の鎖。上りは48mあって大したことはなさそうですが、下りが19mあって、あとずさりしながら下りる感じです。試しの鎖というのでお試しかとおもいきや、肝試しか?  
実は私はここはいつもバスです。かえってまわり道となって時間がかかります。



これが一の鎖で全長33m。初めての方はここで鎖を体験されるとよろしいです。コツとしては、上り始めたら下を見ないこと。下を見ると恐怖心が出てきます。下りようにも上がってくる人が次々といて大変です。また、上を見すぎてもいけません。まだまだ先かと気が遠くなります。
ちょっと先を見て、鎖をしっかりつかみます。鎖は太いので輪の中に足を入れて手足を使って体を引き上げます。
下の写真は上り始めのところで、傾斜がまだゆるやかなので、岩場に足を掛けています。そんなに難しくはないといっても万一滑落すると大怪我するので注意が必要。



ここが二の鎖です。全長65m。途中から垂直くらいの急こう配となります。一番難しいように思います。
その中間くらいに踊り場のようなところがあって一休みできます。体力に自信がない方は息を整えて上るのがよろしいです。



最後が三の鎖で全長が68m。ここは写真で見るとおりほぼ垂直の感じ。けっこう大変ですが、ここを上れば頂上です。
前回は、一、二、三の鎖をすべて使って上りました。今回は先達役とあって回り道を使って進みました。
しかし、三の鎖に近づいて、「よし、先達なら上らないわけにはいかない!」と方向転換し鎖に取り付きました。



なんとか登り切りました。頂上へと到着ですし達成感はあります。この鎖場ですが、雨のときは無理せずにう回路で進む方が安全です。鎖で登る人は1割も満たないと思います。歩いて下りるのに足を滑らせて担架で救出される若い人を見ました。油断は禁物です。



頂上社の様子。時計を見ると15時20分となっています。3時間弱かかったようです。
ここで団体祈祷を受けます。神官に祝詞をあげてもらったあとは、3人の先達はご神像を手に持ち参拝者の背にあてて、「石鎚の大神、守りたまえさきはえたまえ」を3回唱え「エイ!」と気合を入れます。
石鎚神社ならではの特殊神事です。ご神体は撮影禁止。



現代風水研究会の会員さんと記念写真。だいぶお疲れの人もいますね。ご苦労様でした。



翌朝5時前の成就社から撮影した石鎚山。きれいに山容が見えます。
成就社では6時前くらいに祈祷を受けました。石鎚流の太鼓、ほら貝の音が響きわたります。
ここでもご神像拝戴の儀式があります。



東の空が朝焼けで幻想的でした。これは4時50分頃の様子。5時10分に日の出となりました。



今回は6度目の登山ということで、石鎚神社より副大会長の称号を頂きました。
無事、先達の役目を果たしましたし、来年も引き続き頑張ります。





 

妙義神社

6月7日、雨の中、群馬県の妙義神社へ行ってきました。
そもそも神社のある妙義山(約1100m)は上毛三山の一つ。群馬県内にある赤城山、榛名山、妙義山のことを指します。
妙義山は火山ではなく、太古の昔、大地が隆起して尖った形となったものです。奇岩が多く、見るところ荒々しい形。風水でいう火形の山です。

雨で山の全容が写せなかったので、案内板で紹介します。妙義神社は右中央部にある鳥居が目印。



さて、妙義神社の説明をします。祭神は日本武尊、豊受大神、菅原道真公、権大納言長親卿。
創建は537年と言いますから、中国では随の時代のさらに前、南北朝の時代。日本は宣化天皇の代とあります。
開運、商売繁盛、火防、学問、縁結び、農耕の神としてあがめられています。
今回は上越道を使い、川越インターから妙義インターまで約1時間半の旅でした。埼玉県在住の現代風水研究会会員の方に同乗させてもらいました。
いよいよ到着。道の駅に駐車して参道を目指します。私はは7〜8年前の春に来たことがあります。右側にはしだれ桜があって、4月はとても良い景色となります。思い出しました。



総門へ到着。両側には仁王の像が見えます。何かお寺の光景に似ています。東大寺仁王門とか。



その先には長ーい石段が現れました。それがちょっと傾斜しいてるところがあります。大木の根っこが下から石段を押し上げているのです。



これが総門です。何か日光東照宮に似ています。権現造りだそうです。建造物の多くは江戸時代初期から中期にかけてのもの。影響があったに違いありません。



これが本殿です。前回はここで、じっと目をつぶり心を静めていました。すると上の方から冷気がふわりと頭へ降りて、そして背中へと流れていきました。山の冷気が屋根を伝わって降りてきたのでしょう。



ここでちょっと記念写真を撮ります。



方位を測ると甲山庚向でした。ほぼ西向きです。



この巨石がある場所がパワースポットとなっています。巨石の上には木が生えています。生命を養う木なのです。雨が降っていなければ本殿横にある石の椅子に座って気を感じて過ごすところです。今回は、短い時間でしたが、良い気を感じることができました。



参考資料 妙義神社と妙義山(妙義神社社務所発行)

宇治平等院

5月30日に宇治に泊まりました。京都駅から南方向、電車で35分程度のところ。
初めて訪問した場所ですが、とても自然がすばらしい。
京阪電車宇治線の宇治駅を下車し少し歩くと宇治川に架かる宇治橋に着きます。川幅はあって流れは急です。橋から眺めた風景はのどかです。
写真は宇治橋から下流を見る。右手の先に平等院があります。



川土手を歩いていくと鵜飼舟が見えます。ここの鵜匠は若い女性の方がおられるそうです。観光名所の一つ。
左手は中之島となっています。この間は流れがゆるやかです。



この中之島にあるのが、十三重石塔。高さ15mもあって、我が国最大級と書かれてありました。叡尊(1200年代 鎌倉時代の僧)によって魚霊の供養と宇治橋の安全祈願のため建立されたものです。ここらあたりを歩くと空気が違います。



いよいよ平等院へ入りました。世界遺産に認定されています。
平安時代後期11世紀に関白 藤原頼通によって作られたもの。池、松などに囲まれて優雅です。



正面に出ました。十円玉の図でおなじみのデザイン。中には本尊阿弥陀如来が安置されています。藤原頼通はこの場所から眺めて極楽浄土をイメージしたことでしょう。
風水の観点から見ると、明堂(広場)の先に水(池)があって、気が溜まる構造となっています。両翼が張っており大変良い形状といえます。昔はこの池に船を浮かべて楽しんだことでしょう。



羅盤を取り出して方位を測るとぴったり酉山卯向でした。真東に向いています。阿弥陀如来は西方極楽浄土へおられます。よって、西の方へ向かって祈ることになるのです。



藤原頼通の父は藤原道長で、この時代が藤原摂関政治、全盛時代。
藤原道長の歌に
この世をば わが世と思ふ 望月の かけたることも なしと思へば
その子、藤原頼通が権勢を引き継いだものの、彼が亡くなってからは院政(天皇が退位して上皇や法王となって権勢をふるう)が始まり、やがて源平時代となっていきます。
今は宗教施設というより観光施設のように見えますが、はるかいにしえの栄枯盛衰をしのぶものでした。

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