石鎚山先達

29年石鎚山お山開き大祭に参加してきました。お山開き大祭は毎年7月1日から10日まで開かれます。1日だけ古式にのっとって女人禁制となっているため、8、9日の登山となったものです。

広島県JR海田駅を早朝4時半に集合ということで、自宅を4時過ぎに出発。今回は総勢16名が参加。そのうち、風水関係者は私を入れて5名です。5時に出発、山陽自動車道、しまなみ海道、今治から西条市に入って山間部の道に入り、西之川下谷にあるロープウエー口まで進みました。ここまで約3時間かかります。

 

ロープウエー駅近くにある神仏像の前で。

一番後ろの神像が石槌彦大神。三体ありますが、右から鏡持ち、中が玉持ち、左が剣持ちの姿で同じ神です。

 

ロープウエーを降りて20分ほど歩くと成就社のあるところへ到着。昼ご飯を食べて神門から出発。西日本各地の遥拝所を中心とした団体が大勢きています。

 

途中の鉄段です。これが無かった当時はどのようにして登ったのだろうかと思います。大変難所であるような。

 

 

途中、鎖場が4か所あります昔しはこのような鎖を使ってよじ登ったものでしょう。気力と握力、足の開脚力がないととても乗り切れるものではありません。途中で下を見ると、足はすくむので、前を見て一歩一歩進むだけです。

 

 

約3時間かけて頂上社に着きました。途中から雨でした。カッパを着ていて中が蒸れます。だいたい3回に2回は雨です。

 

 

午後6時に成就社のある場所に帰り、旅館に入りました。そこで、先達階級の証書を頂きます。

 

 

石鎚山先達とは

石鎚山に親しむ、石鎚大神様の子供(氏子)を先達と言います。先達は崇敬者の中でも信仰が篤く、石鎚山の地理に詳しく、他の崇敬者を教え導く人を言います。(石鎚神社HPより)

石鎚山先達には副取締から元老大顧問まで17の階級があって、このたび授与された監長は下から8番目で真ん中あたりです。10年連続して登って頂きました。

 

「積年當社対し功労有り、之に依りて向後監長相勤るべき候事」と書かれてあります。

これとバッジを頂きました。大事に額に入れ、保管しています。

 

 

 


 

 


徳川埋蔵金発掘で白鶴先生来日

昨日(5月6日)にTBS系テレビ局で「徳川埋蔵金発掘特番」が放映されました。その一シーンとして上海より風水師の白鶴易人先生が来日し、赤城山の発掘場所で活動した様子が流れました。

私は事前に聞いていたものの、さてどうされるのかと興味を持って画面を見ました。その様子はさすがでした。

埋蔵金探索ということで、持参された道具に工夫がありました。というのは昨年6月に訪問したときに福建省に同行したのですが、このとき手にしておられたのが三合羅盤です。

 

 

今回は埋蔵金に合わせて黄金色の羅盤。中国楊公風水研究学院製です。円盤の表面はつややかにコーティングされ、回転はとてもなめらかです。

 

 

 

次に使われたのが探龍尺。風水では龍穴を探すときに使われます。地中のエネルギーに反応して、棒の先がその地点に向かいます。先生は室内での風水調査で使われるのですが、埋蔵金の探索に持参されたことは納得しました。

 

 

これも黄金色に輝いていました。

 

発掘現場に行き、そこが風水師としてどうなのかを求められたものです。奇門遁甲を使って良い答えを出されたと思います。以前に発見された絵図と現在の地形とでは異なるようです。科学的な地下探索調査も行い、場所を決めつけてかなりの深さを掘り込んでいました。

 

大きな穴ですから、場所を特定させるテレビ局に対応した場面

 

奇門遁甲で隠したということに普通の奇門遁甲ではないと答えています

 

結局、残念ながら今回も埋蔵金は発見できませんでした。3時間の特番は2時間くらいは幕末の京都を舞台にした歴史物語を林先生が解説するというもので、それはそれで興味を引く内容でした。

工事業者の望月建設の望月会長さんはもう何回も重機を繰り出して土木工事を続けています。発端となった水野家の子孫は亡くなられ、それをついでテレビ局が大規模な発掘をしているものです。

埋蔵金はあるのかないのかわかりません。しかし、夢を追う男のロマンとしては面白いと思います。これからどうなるのか興味を持って見ていきます。


白鶴易人先生が来日され広島で講座

白鶴易人先生がこのたび来日され、4月20日、21日の両日、広島で玄空飛星派風水の特別講座を開講しました。


 

当日は東が大阪、西は熊本と遠方より12名の風水愛好家の方々にご参加いただきました。

 

 

特に羅盤の説明では、受講者の近くで丁寧に教えておられました。

 

 

白鶴易人先生の羅盤は「楊公風水三元羅盤」です。盤面は金色でその上にコーティングされ、円盤の動きはとてもなめらかです。

 

 

これが持参されたテキストですが、上の日本風水講座を使われました。中はこんな感じで中国語で書かれています。

 

 

手で計算する方法を学びました。かなり復習する必要があります。

 

12時間という限られた時間でしたが、主に玄空風水の作盤法と四大格局について説明して頂きました。私自身、良い勉強となりました。今後、日本で奇門遁甲の講座をやりたいと言われます。今度はしっかり準備して多くの方に参加してもらえたらと考えております。

 

 

 


白鶴易人先生徳川埋蔵金テレビ取材

12月21日の午後7時からTBS系列テレビ局で「林修先生の徳川埋蔵金探索番組」が3時間も放映されており、20%もの視聴率だったそうです。それで見られた方も多く、そこへ上海の風水師第一人者としてわが師、白鶴易人先生が出て奇門遁甲で解説されていました。それで、知人から何人も問い合わせがあったものですから、ごく簡単に紹介しておきます。

まず、上海での取材は11月6日です。さて、日本で調査するわけでもなく、どう調べるのか?

徳川埋蔵金は八門遁甲を使って隠したという言い伝えがあること。隠した場所を示す銅版の写しというものがあって、十干と数字が記されているので、これをもとに聞きにいったものと思います。

 

 

ただし、画面では奇門が奇問となっておりました。パソコンに「きもん」と入力すると「奇問」と表示されるので、そのままつかったようです。プロが監修すると良かったものですが。白鶴先生は仕上がりを見ていなかったようです。

 

 

さて、埋蔵場所はどこを起点としてみるのか? 白鶴先生は前橋城としていました。

起点をどこにするかですが、ゞ瓩に川がある △金が豊かなところ B膓(重要な橋)があるところ この3つから選ばれました。

大きな橋があるとも言われましたが、確かに近くに大きな川が流れています。城を起点にすると東北に赤城山があります。徳川埋蔵金伝説の場所です。

 

(グーグルマップから加工)

 

 

辛亥 旬首 壬、直符 天心、直使 開門 陰一局の盤

(下が北になっています)

 

徳川家康と林鶴梁の生年月日としていますが、別の画面には「年命」とあります。これは生年干のこと。徳川家康は壬で兌宮(西)に位置します。直符は貴人という意味。林鶴梁は丙で艮宮(東北)にいます。つまり前橋城から東北方面に向かったということになります。前橋城から東北には赤城山が位置します。また、玄武は商人、企業家、盗賊という意味があって、黄金を盗ったともとれます。そして、開門だから誰にも邪魔されずに黄金を運び出せたはず。

 

以前、庚申塔というものが発見されました。塔には墓に入るという意味があるとテロップが表示されました。天盤に丙だから赤を意味します。庚は庚申塔があったので、赤城山に埋蔵と推察したのでしょう。

 

 

最後に白鶴先生からのメールを紹介しておきます。

奇門遁甲の盤はこのほかに2つありますが、いずれも放映されませんでした。

なお、奇門遁甲にも色々な流派があります。これは明建国の功臣で諸葛孔明の再来と言われた、劉伯温が創設した「劉氏奇門遁甲」です。台湾の盤と八門の入れ方が異なるようです。

詳しくは先生の了解も必要ですので、この程度にしておきます。

先生はいずれ日本で奇門遁甲を講義したいと言っておられました。その機会を作りたいものです。

 


大統領選

11月8日の深夜、大統領選のことが気になり、筮竹を取り出し略筮法で易占しました。

本命と言われるヒラリーさんを先に占うと「火山旅」の四コウ。之卦は「艮為山」となります。

いやな卦が出たものです。旅は少しくとおる。イメージは火山のふもとにある道を一人、不安な心で歩く姿です。孤独で周りからの協力が得られない状況と言えます。

之卦は艮為山。山また山で、前方をふさがれ、先に進もうにも足止めをくらっています。この状況を見て釈然としませんが落選と判断しました。


 

次にトランプ氏に移ります。「地風升」の四コウ。之卦は「地天泰」です。「おおーっ」と思わず声がでそうになりました。

卦辞は「升はおおいにとおる。もちいて大人を見る。うれうることなかれ。南征すれば吉なり。」とあります。

升とは上昇に通じます。地中から木の芽が出て、伸びゆく兆しです。初コウで力不足のようですが、「地天泰」に変じるので安泰と見ることができます。ということで、こんどははっきりと当選と書きました。

面白いものですね。当たるも八卦、当たらぬも八卦と言いますが、ここまではっきりと出るとは。

「南征すれば吉なり」とありますが、トランプ氏は選挙戦の終盤でフロリダなど南部へ行ったことが功を奏しています。

これからどうなるかというと、大きな変化があるに違いありません。初めのころの主張は大げさなものがあっても、ある程度やらなければ信を失うからです。日本のマスコミはトランプ氏の当選した直後はショックを受けていました。しかし当選後のインタビューで過激な発言がなくなり、楽観視に変わりました。私はそんな甘いものではないと考えています。これからが見ものです。


上海のオフィス鑑定

上海で風水鑑定してきました。

地下鉄駅のそばで、交通の便利なところです。建物は商業施設と一体となっています。

 

 

ビル正面に立って羅盤を取り出し、方位を測定しました。乾山巽向となっています。つまり西北に座して東南へ向く建物です。

健康運とチームワークに大吉。財運も大吉の物件です。

 

 

1階ロビーはゆったりとしたつくり。左手にビルの模型がありますが、商業施設と一体となっていることが分かります。私たちがいるオフィスビルが後ろ。商業ビルが前で、そのまた前に池があるようです。これは風水の景観を人工的に作ったものにまちがいなし。

 

 

ビルの玄関からエレベーターへ向かう通路です。ゼブラ帯が6本ありますが、この意味を考えてみました。六十四卦の乾為天ではありませんか。皇帝、権力者、董事長(社長)、成功、発展を意味するものでしょう。両側に立つ、大徳利壺と植木も縁起を考えてのことでしょう。

 

 

廊下で部屋の方位を確認しているところ。実際に鑑定しているところはなかなか目にしないと思います。もちろん、公開には依頼者の了解を取っています。



 

ドア側から窓側を見たところ。室内はこのように、床、壁面、天井など入居者の負担で工事することになっています。これで200万円くらいだそうです。

 

 

ドアが2つありますが、どちらを使えばいいのか聞かれました。答えは左側です。右側は非常口として使用。

 

実はこのビルは風水師がかかわって企画したそうです。入居希望者も日本人の風水師を使って、どうするか決める。面白いものです。

 

 


石鎚山お山開き

7月9、10日の両日、石鎚山のお山開きにいってきました。

雨模様の広島(海田駅前)を朝5時に出発。山陽自動車道、しまなみ海道、一般道を通って西条市西之川にあるロープウエー乗り場まで約3時間半。ロープウエーを降りて中腹の成就社まで徒歩で20分くらい。当日はお山開きも終わりに近いので登山者が少ないようです。

 

 

10時半に神門を出発。小雨なのでビニールコートを着用しています。

 

 

途中の「二の鎖」何度か登りましたが、今回は雨のため登山路を進みます。4か所の鎖がありますが、「試しの鎖」は未体験です。

どうも「二の鎖」がきつい。

登山者は白装束が8割くらい。そのうち7割が神社系の白の作務衣。3割が密教(修験道)系の行者着。それ以外が登山着となっています。登山者は下山者に「おくだりさん」と挨拶し、下山者は登山者に「おのぼりさん」と挨拶するしきたりです。

道中、ほら貝の音が聞こえると力づけられます。修験系は「懺悔懺悔六根清浄」と唱えながら登山。

私は竹の杖を持って、神道系ではありますが、時々「懺悔懺悔六根清浄ー」なんか気合が入ります。

 

 

頂上社に着いたのは13時40分。3時間くらいかかったことになります。もやがかかって、風もさえぎるところなし。

ここで神官よりご祈祷を受けます。そのあと、銅製のご3体のご神体を私を含め3人の先達が手にして、参拝者の背中に当て、「エイ」と気合を入れます。石鎚神社ならではの特殊神事です。

 

 

一緒に登った方と記念写真。ご苦労様でした。

 

 

祖父一家の写真を持っていきました。先祖供養になりました。

 

 

神門に帰ったのは17時半でした。先に下山された方々とご対面です。

 

 

先達の昇進書を頂きます。左は石鎚神社海田遥拝所の横林所長。

今回で8回目の登山となりました。

 

 

今回は副監長になりました。これをもらうのもなんだか励みになります。

 

 

翌朝、ロープウエーで西之川へ降りて、川のそばにある禊の行場へ。昔はここで禊を済ませてから登山したと聞きます。今はかなり少ないかと思います。それにしても戦後の一時期、石鎚山登山というと、本社から徒歩で3日もかかっていたとききます。現在はロープウエーや登山道も整備され、登りやすくなりました。登山道の頂上近くを歩いていると、昔はどんな道であったのかと予想だにつきません。まさに難行苦行の険しい危険な道だったことでしょう。現在はこうして楽行の道となって、ありがたいことです。一年の穢れを落として、これから一年がんばります。

 

 


中国旅行

4年ぶりに中国へ行ってきました。

目的は羅盤の学習と弟子の証書を頂くためです。

6月26日 広島市から上海へ。

白鶴易人先生の教室で三元羅盤の個人指導を受けました。

私が手にした羅盤は持参した三元羅盤です。

これとは別に先生の羅盤で使用方法の説明を聞きます。黄泉殺、劫曜殺、砂法など三合派の層も併せて説明されました。

直接、師から聞かないとわからないものだそうです。

 

 

手作りの説明用羅盤がありました。何層かが回転するようになっています。これを見ると大きいので理解しやすいです。

 

ついに白鶴先生より弟子の証書を頂きました。立派なものでありがたいかぎりです。

 

これを頂くのに9年もかかりました。講習会に出席した程度では修了証書を発行するだけで、弟子ではないと言っておられました。

日本人では私が初めてだそうです。中国人から、なぜ日本人にと、とやかく言われかねないとも。

これからは学んだ技術に磨きをかけるとともに、独自のものを加えて日本で展開していきます。

 

 

2日目は上海から飛行機で2時間くらい南の廈門へ移動。そこから車で3時間かけて福建省の山間地にある世界遺産「土楼」に宿泊。3日目も土楼を何箇所か見学しました。土楼は円形の80世帯が住めるほどの共同住宅です。これが易の思想を取り入れて作られています。どうしてこのような建物が作られたかというと、モンゴル軍の攻撃を避けて防衛のための城塞住宅を作ったとのこと。

この建物は宿泊した「裕徳楼」です。4階建てで、現在はホテルとして活用されています。1泊4000円程度でとても安いです。

 

 

3階から見たところ。1階は事務所、厨房食堂、倉庫として使っています。2階と3階を宿泊施設として使用。

 

 

これはツインの部屋。内装はきれいでした。ただし、エアコンはなくて扇風機。

 

夜はライトアップされ、良い感じです。

 

屋外へ出てみると、橋がライトアップされとてもきれいでした。

 

 


風水の風景

久しぶりに風水の旅に出かけました。
兵庫県姫路市と高砂市にまたがる高御位山(標高300m)
新幹線で姫路駅を通過して左手に見える山に目が行き、これは風水的に良い感じだと直感しました。
山容が馬蹄形なのです。まさに風水の形状をしています。
その龍穴のところには墓地となっており、陰宅としてはすばらしい地だと思います。



この図は有名な「朝鮮の風水」からの山局之図ですが、祖山から龍脈が平地に至って、青龍と白虎が二重構造で穴を守り、風水の山局を形成しています。また、水龍も穴を取り巻くように流れています。実際にこのような場所があるとは思えませんが…。ほとんどぴったりの地を発見したのです。




陰宅風水のモデル






まず、登山の安全を祈って白虎側の鹿島神社へ参拝します。



鹿島神社の左手に登山口があるので、そこから登ります。時間は11時半くらい。
300mの山ですから大した高さではないのですが、こちらは岩肌が露出していてすべりやすい。


途中から立って歩くこともできずに、岩肌に手を付けるほどです。落ちたら危ない!
ここを登り切ったら、あとはラクダでなく、馬の背を歩く感じです。



1時間くらい経過すると見えてきました。本に書かれていたような風水の吉地、期待していた通りでした。明堂は南側に開け、砂が両脇を護衛しています。局を結ぶところは墓地です。土地利用としては田畑が多いのですが、川の代わりにため池が見られます。
すばらしい。



局の背後でセンターと思える位置に立ちました。形が整っています。真ん中に南側に向かって伸びる道路のようなものが見えます。
風水でいう朱雀大路と考えられます。



羅盤を取り出して局の方位を測定すると、子山午向でした。
自然がおりなす偶然とはいえ、驚かされます。



ラクダの背のような尾根道を通って頂上に向かいます。ここはきつくはありません。


頂上に立つ、天之御柱天壇と彫られた石柱。両側を獅子が守っています。
ここに着いたのは午後3時ちょうど。3時間半もかかっていますが、要所要所で風水の地形を確認したものですから、余分な時間がかかっています。



青龍側に下山しましたが、ここへは高御位神宮がありました。熊野修験とあって、どうやら神仏混淆のようです。
柴燈護摩をやることが書かれてあります。
いずれにしても、両側を有力な神社が配置され、頂上部には天壇があるとは。ここは特別の場所なのでしょう。



下山したのは4時くらいです。けっこう歩きました。
地元の山岳愛好家の方から隠れたパワースポットのことを聞きました。また、改めて訪問することにします。

 

現代風水研究会の倪鍔先生が中國から帰国しました

现代风水研究会的秘书长倪鍔先生 从12月24日到1月30日去了中国。
首先从12月24日〜28日在上海。28日〜1月7日去四川省成都 学习梅花心易。1月8日〜14日去洛陽。15日去哈尔滨、一直到29日為止学习揺鞭風水。29日離開哈尔滨、返回广岛。学习期間 从1月18日〜1月27日。这次一共有32名学员参加了学习。其中3名是第二次、1名是第三次参加学习。照片正中的人泰论诗老师。
哈尔滨的气温是白天−24〜−25度、夜间達到−35度。非常寒冷。
这样的寒冷下、大家都非常努力学习到了最后。
辛苦了。祝今後活跃和发展。

哈尔滨はハルビンと読みます。冷凍庫なみの極寒の地です。





倪鍔さんは泰論詩老師より易海陽光という名を授かりました。

おめでとうございます。

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